「あなたの夢は何ですか?」——そんな問いを投げかけられる機会は、珍しいものではありません。そして、あなたは考えます。「私の夢は何だろう」。出てきそうで、でもなかなか出てこない。そんな経験をした人も多いのではないでしょうか。
「あなたの夢は何ですか?」という聞き方そのものが、「夢がある」ことを前提にしています。しかし、夢なんて、ないのが普通。特に本当の夢は、ないのが当たり前——杉村貴子さんは、そう言い切ります。
すぐに答えられなくても、引け目に思う必要はありません。考えてみれば、当然のことです。自分が本当に何をしたいのか、何に心が動くのか——そんなことは、教わる機会もないまま大人になります。立ち止まって自分を見つめたことがなければ、夢が出てこないのは、むしろ自然なんですよね。
では、その夢は、どうすれば見つかるのか。
杉村さんの答えは、自分に向き合うこと。いわゆる自己分析です。ただし、生半可なものではありません。良い面も悪い面も、しまっておきたい記憶も含めて、痛いほど深く、自分を掘り下げていく。そうやって初めて、自分が見えてくる。自分が見えると、社会とどう向き合いたいかも見えてくる。そのうえで、どんな舞台に立つのか。就職とは、見えてきた自分を社会で生きるための、舞台選びなのだと言います。
内定をゴールに置かない。それなのに——いや、だからこそ、というべきかもしれません。この考え方を説く就活本『絶対内定』は、30年読み継がれ、累計240万部*1を超えました。その母体が、日本初のキャリアデザインスクール「我究館」です。出発点を、創業者・杉村太郎さんの志を受け継ぐ我究館館長・杉村貴子さんに聞きました。
*1: 『絶対内定』シリーズの累計発行部数。マガジンハウス版とダイヤモンド社版の通算。
構成・取材・写真/STUDY HACKER編集部
【プロフィール】
杉村 貴子(すぎむら たかこ)
青山学院大学経済学部卒業後、日本航空にて客室乗務員(CA)として勤務。その後、夫・杉村太郎のハーバード大学ケネディスクール留学に帯同し、帰国後はテレビ朝日・BS朝日にてニュースキャスターとして活躍。社会の最前線から情報を伝える立場を経験したのち、証券アナリストに転身。上場企業の経営者100名以上に直接インタビューを行い、企業分析や業界研究のスキルを培う。
その後、大和総研にてマーケットリサーチ、営業支援、広報、そして新卒採用(インターンシップ設計を含む)や人材育成など幅広い業務に従事。採用と育成の“企業側”のリアルな視点を熟知している。
2014年に株式会社ジャパンビジネスラボ代表取締役に就任。2023年よりキャリアデザインスクール「我究館」の6代目館長として、学生の「本気の就活」に伴走し続けている。
多彩なキャリアと人生経験を活かし、「やりたいことが見つからない」「自分に自信が持てない」と悩む学生一人ひとりに寄り添い、我究(自己分析)を通じて“自分だけの道”を見つける支援を行っている。
内定は取れた。それでも、目が曇っていく
痛いほど自分を掘り下げる——その自己分析という方法は、どこから生まれたのでしょうか。話は、就職活動がいまとはまるで違った時代までさかのぼります。
1994年当時、杉村貴子さんはまだ我究館にいません。だからこの時代の話は、夫であり創業者である太郎さんから聞いたものとして語ってくれました。
当時はまだバブルの名残があり、比較的売り手市場で、内定も取りやすかった。「自己分析」という言葉も、就活生にはありませんでした。学生は条件で会社を選び、わりあいすんなりと内定を得て、社会に出ていく。
住友商事から損害保険会社に移り、人材育成と採用を担当していた太郎さんは、その入口と出口を、人事の側から見ていました。
「目を輝かせて入ってきた人が、数年で『これは本当に自分のやりたかったことなんだろうか』と、だんだん目の光が曇っていく。それを、何人も見たそうなんです」
本人にとっても、会社にとっても、社会にとっても良くない。そう感じた太郎さんは、同時にもうひとつの問いを立てます。この人たちを、もう一度輝かせるにはどうすればいいのか。
答えは、社会に出る前にありました。自分は何者で、どんな強みを持ち、社会でどう活躍し、貢献し、自分の人生を生きていくのか。そこを就職の前に考え抜く場をつくる——それが、我究館の出発点になります。
自己分析は、内定を取るための道具として生まれたのではありません。内定のあとに曇っていく目を、なんとかしたいという問いから始まっています。

スケッチブックを抱えて、山口へ
構想は、頭のなかだけで固まったわけではありません。太郎さんは有給休暇を使い、山口県の松下村塾——幕末の志士たちが学んだ私塾——へ向かいます。
そこで一週間、スケッチブックを片手に、ひたすら構想を書き続けました。そうして固まった青写真を手に会社を辞め、塾を立ち上げます。
杉村さんは、太郎さんという人をこう表現します。
「自分にしかできないことは、自分がやる。人に任せたほうがいいことは、人に任せる。太郎さんは、いつもそう言っていました」
新しいものをつくろう、というより、自分にしかできないことの価値を、とことん突き詰める。のちに英語コーチングスクール「プレゼンス」を立ち上げたときも、根は同じだったといいます。
太郎さんが追っていたのは、流行りの新しさではなく、自分にしかできないことの値打ちだった。
最初の説明会に集まったのは、3人だった
塾をつくったとはいえ、知る人はいません。集客の方法も、いまの感覚からはかけ離れていました。太郎さんは、学生が集まる各大学の学食へ足を運び、その前に立って呼びかけたのです。
「学食の前で『皆さん、夢はありますか』『どんな人生を歩みたいですか』と。人生をちゃんと考える塾をつくりました、説明会に来てください、と呼びかけて」
渋谷の貸し会議室を自費で借りて、説明会を開く。最初に集まったのは——
「本当に、1人、2人、3人くらい。そこから始まったんです」
ちなみに当時の太郎さんは、歌手としてテレビに出ることもありました。学食の前で呼びかける姿を、学生たちは「あの人だ」とおもしろがったそうです。その第一期生に、なぜ来たのかと尋ねると、返ってきたのは気負いのない言葉でした。
「おもしろそうだったから、と。自分の人生に、何かおもしろいことが起こるかもしれない、って」
いまでは50代になったその一期生たちが、ワークシートに取り組み、次々と結果を出していきます。彼らの実践を体系化したものが、のちの『絶対内定』でした。
『絶対内定』は、本が先にあったのではない。たった数人から始まった現場の実践が、先にあった。
我究館の設立は1992年。『絶対内定』は、奥付の表記こそ1994年ですが、刊行は93年です。塾で得た手応えが一冊の本になって世に出た。そこから、就職活動の風景が動き始めます。

「自分に向き合う就活」という発明
では、その一冊は、就職活動の何を変えたのでしょうか。
「企業も、当たり前のように自己分析を求めるようになった。学生も、自己分析の結果で仕事を選ぶようになった。いまでは当たり前のその文化を、つくるきっかけにはなったと思います」
履歴書を出すだけだったところに、自分を掘り下げて言葉にするエントリーシートが当たり前になり、企業は選考で自己分析を求め、学生は自己分析の結果から仕事を選ぶようになる。いまでは常識になったこの流れも、当時はどこにもありませんでした。
新卒の学生が自分自身と向き合う。それを提案し、スクールとして形にしたのは、日本でこれが初めてでした。
いま当たり前になっている「自分に向き合う就活」は、この一冊が引いた一本の線から始まっている。
ワークシートは、読むのではなく描く
『絶対内定』には、94枚ものワークシートが収められています。読んで知識を得る本ではなく、手を動かして書き込む本です。その「書かせる」設計には、どんな意図があるのか。
「文章を書くというより、絵を描くように、自分のキャリアをデザインしていく。図やイメージを、手で描いていくんです」
文章で埋めるというより、頭に浮かんだものを図やイメージで描き出していく。活字にしづらいものこそ、紙の上でなら形にできます。
そこに人からのフィードバックが重なって、一枚の絵に仕上がっていく。杉村さんは、その営みをひとことで言い表しました。
「自分を取材する。まさに、そういうイメージだと思います」
ワークシートは、読むためのページではない。自分を描き出すための、余白だ。
手で書くから、後から「これか」とわかる
手書きであることには、もうひとつ意味があります。パッと答えられない問いは、いったん飛ばして次へ進む。すると別の設問に取り組むうちに、「さっき聞かれたのは、これか」と腑に落ちる瞬間が訪れます。
問い同士が、紙の上で静かにつながっていく。キーボードで打ち込み、ただ読むだけでは、この感覚はなかなか生まれません。

弱さに目を向けると、エンジンが二つになる
書き進めるうちに、多くの人がある場所で立ち止まります。自分の弱さや、本音と向き合う設問です。
「強みや得意なことは、自分でも自覚しています。でも、悔しかった経験や失敗には、なかなか目を向けない。そこにこそ、伸びしろがあるのに」
強みは、たいてい自分でもわかっている。けれど、悔しさや失敗には目を向けたがらない。本来そこにこそ、伸びしろが眠っています。
面接で人事が本当に知りたいのも、きれいに整った強みではなく、つまずいたときにどう立ち上がったか、という部分だといいます。だからこそ、目を向けたくないところにあえて向き合う。杉村さんは、その効用を飛行機にたとえました。
「弱みをちゃんと理解して、能動的に強みへ近づけていく。そうすると、ジェットエンジンを2つ持てるようになるんです」
強みだけで飛ぼうとするのではなく、弱みを理解し、それを推進力に変えていく。向き合う作業は、決して楽ではありません。それでも、苦しさの先にこそ、前へ進む力が生まれます。
弱さは、隠して切り抜けるものではない。向き合って、燃料に変えるものだ。
卒業生が、誕生日に開く一枚
我究館で就活を終えた人たちは、卒業して何年経っても、自分の書いたワークシートを開きます。
「卒業生は、何歳になっても、誕生日や年末に自分のワークシートを見返すんです。アップデートしたり、書き加えたり。自分の地図として使っている」
決まったタイミングで見返し、書き加え、更新していく。就職という一度きりのイベントのためではなく、その先の人生の地図として、手元に置き続ける。社会に出て、自分のことを後回しにしてしまったときほど、その一枚が効いてきます。
だから『絶対内定』は、内定が決まった瞬間に役目を終える本ではありません。むしろ、就活が終わってからも開きたくなる。30年以上読み継がれてきた理由の一端は、おそらくそこにあります。
『絶対内定』が世代を超えて開かれてきたのは、就活が終わったあとも開きたくなる一冊だからだ。
次回は、その中心にある「我究」という考え方へと降りていきます。世間でいう自己分析と、我究館の我究は、どこが決定的に違うのか。矢印の向きをめぐる話から始めます。
【我究館 杉村貴子さん インタビュー連載(全3回)】

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