「自己分析」という言葉は、いまではすっかり当たり前になりました。就活生はエントリーシートのために自分を棚卸しし、AIに頼めば、それらしい自己PRも一瞬で返ってきます。
前回触れた通り、その自己分析を日本の就活に持ち込んだのは、我究館でした。広めた当人からすれば、誇らしい話のはずです。
ところが我究館は、いまも「自己分析」とは言いません。創業以来ずっと、「我究(がきゅう)」という独自の言葉を使い続けています。
ただの言い換えではありません。杉村貴子さんによれば、自己分析と我究は、向き合う範囲が違う。同じ「自分を知る」に見えて、どこまでいくのかがまるで違うのだといいます。
第1回で、『絶対内定』が内定をゴールに置いていない、という話に触れました。なぜゴールではないのか。その答えも、この違いにあります。連載の第2回は、我究という考え方の中心へ、そしてそれを夫から受け継いだ歩みへと降りていきます。
構成・取材・写真/STUDY HACKER編集部
【プロフィール】
杉村 貴子(すぎむら たかこ)
青山学院大学経済学部卒業後、日本航空にて客室乗務員(CA)として勤務。その後、夫・杉村太郎のハーバード大学ケネディスクール留学に帯同し、帰国後はテレビ朝日・BS朝日にてニュースキャスターとして活躍。社会の最前線から情報を伝える立場を経験したのち、証券アナリストに転身。上場企業の経営者100名以上に直接インタビューを行い、企業分析や業界研究のスキルを培う。
その後、大和総研にてマーケットリサーチ、営業支援、広報、そして新卒採用(インターンシップ設計を含む)や人材育成など幅広い業務に従事。採用と育成の“企業側”のリアルな視点を熟知している。
2014年に株式会社ジャパンビジネスラボ代表取締役に就任。2023年よりキャリアデザインスクール「我究館」の6代目館長として、学生の「本気の就活」に伴走し続けている。
多彩なキャリアと人生経験を活かし、「やりたいことが見つからない」「自分に自信が持てない」と悩む学生一人ひとりに寄り添い、我究(自己分析)を通じて“自分だけの道”を見つける支援を行っている。
「自分を知る」の、その先がある
我究と自己分析は、何が違うのか。杉村さんの説明は、明快でした。
「自己分析は、自分を知るところまで。我究は、その先なんです。知った自分を、社会のどこで、どう生かすのか。そこまで考えて、初めて我究です」
自己分析というと、多くの人は自分の内側を掘る作業を思い浮かべます。どんな性格で、何が強みで、何にこだわってきたか。けれど我究は、そこで止まりません。掘り当てた自分を、社会のどこに置けば生きるのかまで考え抜きます。
キャリアデザインの世界には、Will・Can・Mustという有名な枠組みがあります。何をしたいか(Will)、何ができるか(Can)。ここまでは、いわゆる自己分析の範囲です。
我究が違うのは、その先のMust——自分は社会に対して何を成すのか、というところまでひと続きでつなぐ点にあります。だから我究館では、「我究(自分を究める)」とあわせて「社究(社会を究める)」も大切にします。自分を知ることと、社会を知ること。その両方がそろって初めて、自分が社会のどこで力を発揮できるのかが見えてきます。
診断ツールが返してくれるのは、自分を知るところまでです。そこから先、社会のどこで生かすかは、自分で考えるしかありません。

「君たちの内定なんて、どうでもいい」
この違いがわかると、第1回からの問い——なぜ内定をゴールに置かないのか——の答えが見えてきます。創業者の杉村太郎さんは、学生を前に、こんな言葉を口にしていたそうです。
「悪いけど、君たちの内定なんか、どうでもいいんだ。それより、本当に何をしたいのか——そっちのほうに、僕は興味がある」
内定を勝ち取るための本をつくった人物が、内定なんてどうでもいい、と言い放つ。一見、矛盾しています。けれど、見ているのが内定ではなく、その先の人生だと考えれば、筋が通ります。
我究館が本当に目指しているのは、内定の数ではありません。その人にとっての最高の人生、悔いの残らない人生——言いかえれば、幸福です。就職活動は、そこへ向かう過程のひとつにすぎません。
もっとも、どうでもいいというのは、取らなくていいという意味ではありません。自分と社会が見えてくれば、立ちたい舞台が見えてくる。その舞台に立つために、内定は必ず通り抜けるべき関門になります。
夢を分解すると、Being・Having・Givingになる
では、その「内定の先にある人生」とは、具体的に何を指すのでしょうか。杉村さんは、『絶対内定』が冒頭で投げかける「君には夢があるか」という問いを、3つの要素に分解してみせます。
「夢って、分解していくと、Being・Having・Givingになるんですよ」
Beingは、自分がどういう人物でありたいか。Havingは、仕事に限らず、人生で手に入れたいもの。そしてGivingは、誰に対して、どんな貢献やインパクトを与えたいか。
第1回で触れた「ないのが普通の夢」も、いきなり探そうとするから出てこないだけで、この3つの角度から自分を見ていくと、輪郭が立ち上がってきます。
ここで杉村さんは、ひとつの注意を添えます。GivingはBHGの締めくくりに置かれますが、Givingだけを先に立てても、長くは続かないというのです。
「自分のコップが満たされて、水があふれる。そうなって初めて、人に注げるんです。Givingだけでは、続かない」
誰かのために、と願う気持ちは尊い。けれど、自分のコップが空のままでは、注ぐ水がありません。コップを満たすこと、つまりBeingとHavingを整えることも、人に与えるための土台になります。
記入欄を埋めれば、自己分析を済ませた心地にはなれます。けれど、コップの底まで下りていかないかぎり、注ぐ水はたまりません。だからこそ、まず自分にしっかり向き合う必要があるわけです。

受け継げるのは、「我究をした人」だけ
創業者を亡くしたあと、杉村さんは我究館を受け継ぎます。受け継ぐにあたって、何を守るべきか。問うと、しばらく考えてから、意外な答えが返ってきました。守るべきは、メソッドや言葉そのものではない、と言うのです。
「我究をした人じゃないと、受け継いでいけない。創業のころに我究をした人と、いまの学生。そこがちゃんとつながっているか、なんです」
受け継ぐべきは、94枚のワークシートという「型」ではありません。その型をくぐり、自分と社会に深く向き合った経験を持つ人だといいます。
創業期に太郎さんのもとで我究をした人たちと、いまを生きる学生たち。その両者が、同じ我究という経験で地続きにつながっているか。そこが薄まれば、同じワークシートを使っていても、中身は別物に変わってしまいます。
世の中に自己分析が広まるほど、世間でいう自己分析と、我究館の我究との境目は見えにくくなります。だからこそ、いまの学生にきちんと我究をしてもらい、その経験を次へ手渡していくこと——それを、杉村さんは自分の使命だと考えています。
熱い言葉を、科学の言葉に翻訳する
守るだけでなく、杉村さんが新たに付け加えたものもあります。ウェルビーイングという視点です。きっかけは、太郎さんが遺した言葉の「構造」を知りたい、という思いでした。なぜあの言葉は人を動かすのか。誰もが再現できるかたちにできないか。
そう考えてキャリア発達学やポジティブ心理学を学ぶうちに、ある発見にたどり着きます。
「太郎さんが熱い言葉で伝えてきたことと、ウェルビーイングがアカデミックに言っていることは、まったく同じだったんです」
たとえばポジティブ心理学には、PERMAという幸福の枠組みがあります。ポジティブな感情、没頭、よい人間関係、意味、達成。これらがそろうほど人は幸福でいられる、という考え方です。
杉村さんは、これをキャリアの4つの要素——仕事(誰かのために)、自分のために、仲間との切磋琢磨、成長の実感——と掛け合わせ、「四つ葉のクローバー理論(Well-Being=4L×PERMA)」として整理しました。
驚いたのは、その要素のひとつひとつが、すでに『絶対内定』のワークシートに織り込まれていたことだったと言います。太郎さんは熱い言葉でそれを書き、杉村さんはウェルビーイングという言葉で語り直す。表現は違っても、中身は同じものでした。

仕事は、人生に内包される
このウェルビーイングの視点は、幸福とキャリアの関係を、すっきりと言い当てます。内定を取り、世間でいう成功を手にしても、満たされない人がいるのはなぜか。答えは単純です。
「仕事だけでは、幸福にはならない。まず人生があって、その中に仕事がある。その順番なんですよね」
世間の自己分析は、ともすると仕事のことだけに焦点を絞りがちです。けれど我究は、もっと広い。人生という大きな器があって、その中に仕事があり、家族があり、仲間がいる。一度それを俯瞰してから、仕事の場所を決める。
よく言われるワークライフバランスのように、仕事と人生を天秤にかけて釣り合いを取るのではなく、人生の中に仕事が溶け込んでいる、というとらえ方です。
そう考えると、Givingは特別な行いではありません。仕事とは、もともと誰かへの価値提供であり、貢献です。働くこと自体がGivingなのだとすれば、会社とは、そのGivingを実演する舞台にほかなりません。
第1回で「就職は舞台選び」と言いましたが、その舞台で何をするのかといえば、Givingなのです。夢からGiving、Givingから舞台としての会社へ——こうして並べてみると、内定をゴールに置かない理由が、一本の線になります。
内定は、その舞台に上がるための切符。ゴールではなく、幕開けです。
最後に、なぜ「自己分析」ではなく「我究」と言い続けるのか、と改めて尋ねました。杉村さんは、少し間を置いてから、静かにこう答えます。
「言葉は、広まるほど軽くなる。それでも『我究』と言い続けるのは、中身まで軽くしたくないからなんです」
ここまで読んできた人には、その一語の重さが、もう伝わっているはずです。自分を知るだけで終わらせず、社会のどこで生かすかまで考え抜く。強みの一覧ではなく、人生そのものを描く。我究という言葉は、その射程を手放さないための呼び名でした。
とはいえ、その射程の先にある「働く」のかたち自体が、いま大きく揺れています。AIが多くの仕事を担い、自己PRも志望動機も一瞬で書ける時代に、それでも自分を問う意味は、どこにあるのか。最終回は、その問いに向き合います。

【我究館 杉村貴子さん インタビュー連載(全3回)】

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ダイヤモンド社



