いまの就職活動は、ちぐはぐです。国内では人手不足で売り手市場と言われ、内定は取りやすいはずだといわれる。その一方で、海の向こうからは、AIが人の仕事を奪い、大量失業の時代が来るかもしれない、というニュースが流れてくる。
追い風なのか、向かい風なのか。数年先がどうなるのか、誰にもはっきりとは見通せません。働くことのかたちそのものが、足元から揺れ始めています。
こんなふうに地面が動くとき、人は何を頼りに進めばいいのでしょう。求人倍率でも、人気企業ランキングでもない。揺れる時代にこそ要るのは、外側の数字ではなく、自分の内側にある軸だと杉村貴子さんは言います。
連載の最終回は、この問いに向き合います。AIが多くを肩代わりし、働き方が大きく変わっていく時代に、それでも自分を問うことには、どんな意味があるのか。そして話は最後、「では、今日から何をすればいいのか」という、一番具体的なところへ降りていきます。
構成・取材・写真/STUDY HACKER編集部
【プロフィール】
杉村 貴子(すぎむら たかこ)
青山学院大学経済学部卒業後、日本航空にて客室乗務員(CA)として勤務。その後、夫・杉村太郎のハーバード大学ケネディスクール留学に帯同し、帰国後はテレビ朝日・BS朝日にてニュースキャスターとして活躍。社会の最前線から情報を伝える立場を経験したのち、証券アナリストに転身。上場企業の経営者100名以上に直接インタビューを行い、企業分析や業界研究のスキルを培う。
その後、大和総研にてマーケットリサーチ、営業支援、広報、そして新卒採用(インターンシップ設計を含む)や人材育成など幅広い業務に従事。採用と育成の“企業側”のリアルな視点を熟知している。
2014年に株式会社ジャパンビジネスラボ代表取締役に就任。2023年よりキャリアデザインスクール「我究館」の6代目館長として、学生の「本気の就活」に伴走し続けている。
多彩なキャリアと人生経験を活かし、「やりたいことが見つからない」「自分に自信が持てない」と悩む学生一人ひとりに寄り添い、我究(自己分析)を通じて“自分だけの道”を見つける支援を行っている。
3合目までは、車で行ける
まず、その揺れは、就活の最前線——選考の現場にも、すでに及んでいます。杉村さんによれば、選考に提出されるエントリーシートの精度は、ここ数年で目に見えて上がっているといいます。AIで壁打ちをし、整った文章を出してくる学生が増えたからです。
けれど、と杉村さんは言います。それは山登りにたとえると、3合目まで車で行けるようになった、というだけのこと。
「3合目まで車で行った人か、自分の足で登ってきた人か。会って話せば、すぐにわかるんです」
エントリーシートは、AIの力でいくらでも見栄えよく整えられます。でも、その先の面接で問われるのは、書かれた言葉ではなく、書いた本人です。登ってきていない人は、自分の言葉で語れません。借りものの志望動機は、一歩踏み込んで聞かれた瞬間に、底が抜けます。
だから企業も、一次選考から全員と直接会って話す、といった工夫で見極めようとしています。かつては、エントリーシートを代筆する業者がいました。いまは、その役回りをAIが引き受けているだけ。自分でやり切らずに任せてしまえば、完成度が高いぶん、かえって面接で自分の言葉が出てこなくなります。
IQはAIに渡す。企業が見ているのはEQ
何が起きるか読めない時代だからこそ、企業が学生に求めるものも変わってきました。杉村さんは、採用の現場でこんな声をよく聞くといいます。
「いまは、IQが高い人より、EQが高い人が欲しい。そう、はっきり言う企業が増えているんです」
知識や論理的な処理の速さ、つまりIQに当たる部分は、もうAIのほうが上です。そこで人に残るのは、人を巻き込む力、粘り強く工夫する力、相手を信頼する力——EQと呼ばれる領域です。
IQはAIに渡せても、EQは自分で育てるしかありません。そして、自分の弱さや本音にまで向き合う我究は、まさにそのEQを鍛える時間でもあります。AIに任せられる部分が増えるほど、任せられない部分の値打ちは上がっていく。シンギュラリティは、もう静かに始まっているのかもしれません。
「夢がない」から、始めていい
とはいえ、自分に深く向き合うのは、こわいものです。見たくない自分が出てくるかもしれない。そもそも、向き合ったところで夢なんて見つかる気がしない——そう感じる人は、少なくないはずです。
でも、と杉村さんは言います。夢がないのは、まったく普通のこと。むしろ、そこが出発点になります。
「相談に来る子のほとんどが、『夢はない』と言います。でも、それでいい。ないところから始めるんですから」
第1回で触れた、太郎さんが学食で投げかけた「君には夢があるか」という問い。あれは、夢を持っている人を選ぶための言葉ではありませんでした。
「『夢はあるか』というのは、なければ来い、という意味なんです」
夢は、最初から持っているものではなく、向き合った先で見つかるものです。誰かに与えられた夢ではなく、自分のなかから引っ張り出した夢だからこそ、長く握っていられます。

静岡から、各駅停車で
夢がないところから始めた人の話を、ひとつ。我究館に、静岡から毎週、各駅停車に揺られて通っていた学生がいました。
当時の彼は、どこか満たされない、不完全燃焼の自分を持て余していたといいます。そんなとき、『絶対内定』の「君には夢があるのか」という一行に、ガツンとやられた。
「夢はない。でも、描いてみたい。そう思って、通い始めたそうです」
片道何時間もかけて各駅停車に乗り、自分と向き合いに来る。その時間そのものが、すでに我究だったのかもしれません。彼はいま、学生のころに自分で見つけた道を歩いています。
夢を探しに来たのではなく、夢を描く覚悟を決めに来た。「夢を抱いてみたい」——その一歩こそが、すべての始まりでした。

しんどいから、意味がある
ここまで読んで、やはり気が重い、と感じた人もいるかもしれません。自分の本音を掘り起こし、夢を引っ張り出す作業は、決して楽ではありません。杉村さんも、そこをごまかしません。
「本音を見つけて、夢を引っ張り出す。その作業が、しんどくないわけがない。でも、しんどいから、意味があるんです」
手軽な診断や、AIの出力で済ませれば、しんどさは避けられます。けれど、避けたぶんだけ、得られるものも軽くなる。しんどさを通り抜けた先にしか、自分の言葉も、本物の夢も出てきません。
向き合いたくなかったことに向き合って、その意味を自分なりに引き受ける。そうやって初めて、過去のつまずきさえも、前へ進む力に変わっていきます。
今夜、紙に一行から
では、その最初の一歩を、今日どう踏み出せばいいのか。最後に、それを聞きました。
テクニックは、もう誰でも手に入る時代です。きれいな自己PRも、整った志望動機も、AIがいくらでも用意してくれます。そんな時代に、最後まで自分のものとして残るのは何か。
「最後に残るのは、自分の本音と、自分の人生の舵を、自分で握ることだけなんです」
AIを使うな、という話ではありません。問いを投げかけてもらう、別の言葉に言い換えてもらう——下ごしらえの道具としてなら、AIはとても役に立ちます。ただ、それをひとつの夢として束ねる最後のひと仕事だけは、自分の手でやる。そこさえ手放さなければ大丈夫です。
そのうえで、杉村さんが挙げた具体的な第一歩は、拍子抜けするほどシンプルでした。紙に、自分のこれまでを書き出してみること。我究館でも最初の授業で使う、「充実の年表」という一枚です。
うれしかったこと、悔しかったこと、夢中になったこと。手で書き出し、「なぜ」「どんな気持ちだったか」を自分に問うていくと、ばらばらだった点が線になり、自分の輪郭が浮かび上がってきます。第1回で杉村さんが語っていた、「自分を取材する」という、あの感覚です。
立派な目標を、いきなり掲げる必要はありません。きれいにまとめなくてもいい。まずは紙に一行。書き始めた時点で、我究はもう始まっています。
AIが何でも書いてくれる時代に、それでも自分を問う意味は——。その答えは、頭で理解するものではなく、ペンを持った手の先にあります。今夜、一番古い記憶をひとつ、書いてみるところから。

【我究館 杉村貴子さん インタビュー連載(全3回)】

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ダイヤモンド社



