このサイトでは、自己分析の話を何度もしてきました。自分を理解すること、自分の軸を持つこと、それを言葉にすること。今回は、その言語化のなかでも、面接での言語化の話をします。
自己分析をどれだけ深くやっても、それを面接の場で即座に口頭で表現できるかどうかは、少し違う話です。ESは推敲できます。何度でも書き直せるし、時間をかけて言葉を選べる。でも面接はそうはいきません。質問が来たその場で、自分の言葉にしなければならないのです。
自己分析はした。ESも書いた。でも面接で同じことを聞かれると、ESに書いたことをなぞるような答えしか出てこない。準備した通りに話している間はいいけれど、面接官が少し角度を変えた質問をしてきた瞬間に、言葉が出てこなくなる。
書けるのに話せない。この問題には、2つの理由があります。それぞれの対策とあわせて説明します。
書けるのに話せない理由
ESに書けている時点で、自分の経験についてある程度の理解はあります。問題は、それを口頭でリアルタイムに文章として組み立てるのは、また別のスキルだということです。
面接では、質問が来たその場で、自分の頭のなかにある理解を言葉に変換して、相手に伝わる順番で話さなければなりません。
これができるためには、自分の経験を「構造的に」理解している必要があります。何が起きたか、なぜそうしたか、そこから何を感じたか、それがいまの自分にどうつながっているか。これらが整理された状態で頭に入っていれば、どの角度から聞かれても、その場で文を組み立てられます。
言語学の研究では、書くときと話すときでは脳の処理の仕方が違うことが知られています。書く作業には推敲の時間があるので、複雑な内容も整理して表現できます。話す作業にはその時間がなく、一度に扱える情報量に限りがある。
だから、書けたことがそのまま話せるとは限りません。話すためには、内容が構造として頭に入っている必要があるのです。ESを書けるレベルの理解と、面接でその場で答えられるレベルの理解には、深さの差があります。(Chafe, 1982; Biber, 1986 など、話し言葉と書き言葉の認知処理の違いに関する研究に基づく)

「精緻化」という方法
認知心理学に「精緻化」という考え方があります。
学んだことについて「なぜ?」「どうして?」と自分に問いかけ、自分の言葉で説明し直すことで、知識同士のつながりが強くなる。つながりが強いと、どの角度から引き出されても答えが出てくるようになる、という考え方です。
要するに、自分で自分に何度も突っ込む。それだけのことです。
面接の準備に当てはめてみましょう。自分のESを見ながら、一つひとつの項目に「なぜ?」と聞いていく。「なぜそう思ったのか」「他のやり方はなかったのか」「その経験から具体的に何が変わったのか」「それは他の場面にもつながるのか」。
突っ込むと、答えられない部分が見つかります。考えたつもりになっていたけれど、実はまだ曖昧だったところです。穴を見つけたら、もう一度考える。考え直したら、またそこに突っ込む。この繰り返しで、自分の経験への理解が深まっていきます。
たとえば、ガクチカに「ゼミの研究で成果を出した」と書いているとします。「なぜその研究テーマを選んだのか」と突っ込んでみる。「先生に勧められたから」と出てきたら、そこが穴です。先生に勧められたから始めたとして、なぜ続けたのか。どこに面白さを感じたのか。そこを考えていくと、自分の価値観が見えてきます。
地味で、時間のかかる作業です。でも、ここで考えたことが、面接でどの角度から聞かれても答えられる土台になります。
ここまでは、理解を深める話です。自分の経験を構造的に理解すること。ただ、理解できたからといって、それがそのまま口から出てくるわけではありません。話すには、話す練習が要ります。

話す練習は、声に出さないとできない
頭のなかでは答えられたつもりだったことが、声に出すとうまく言えない。書いた文章では整理できていたのに、話すと順番が崩れたり、肝心なところが抜けたりします。この差に気づけるのは、実際に話してみたときだけです。
仲間同士で練習するのもいいですし、社会人訪問の場で試してみるのもいい。相手に質問してもらって、答えてみる。答えているうちに、自分でも「あ、ここがまだ弱い」と気づく瞬間があります。
社会人は学生とは違う角度で聞いてきます。「それは仕事でどう活きると思う?」「入社したら最初の三年間で何をしたい?」。自分では考えていなかった問いが飛んでくる。その場でうまく答えられなくても構いません。持ち帰って考え直せばいい。その往復を繰り返すうちに、口頭で話を組み立てる力が伸びていきます。
最初は、ESの文章がそのまま口から出てくるだけかもしれません。でも何度か繰り返すと、準備した文面から離れて、自分の言葉で話せる瞬間が出てきます。「あ、いま自分の言葉で話せた」と感じる瞬間がある。それが、理解が口に追いついた合図です。
面接は、対話
面接は、用意した答えを発表する場ではなく、面接官との対話です。質問を聞いて、考えて、応える。その繰り返し。
対話ができる人は、面接官の質問の意図を考えて答えられます。「この人は何を知りたいのだろう」と考えて、自分の経験のなかから、その問いに合った答えを返せる。
たとえば、面接でガクチカを聞かれた二人の学生がいたとします。どちらもしっかり語りました。そのあと、面接官が「その経験を通じて、あなたの何が変わりましたか」と聞いた。
一人は少し考えて、「成長できたと思います」と返しました。
もう一人はこう返しました。「それまで自分は人に任せるのが怖かったんですが、あのときに初めて任せてみて、自分がやるより良いものができることがあると知りました。いまでもその感覚は残っています」。
どちらもちゃんと話せています。崩れたわけではありません。
でも、「もう少し会って話したい」と思わせるのは後者です。「成長できました」は誰でも言えます。後者の答えには、この人にしか言えない経験と気づきが入っている。面接官はここから、この人がチームのなかでどう動くかが見えます。
これは、事前の精緻化による理解の差と、話す練習の積み重ねで得たスキルの差が生み出しているものなのです。
想定外の質問が来ても慌てないのは、答えを全部暗記しているからではありません。自分のことを理解しているから、質問に合わせて考えながら答えられる。面接官との会話が、自然と深いものになっていきます。
面接で話す言葉は、面接の場で生まれるものではありません。自分に突っ込み、考え直し、人と話して確かめてきた時間から生まれます。面接の前に、その時間をつくっておいてください。




