自己分析は、就活のためにやるものです。
きっかけとしては、それでいい。就活が始まるから自己分析をする。構造的にはそういうものですし、ほとんどの人がそうやって始めます。
ただ、「就活のため」だけで取り組むと、もったいないことになります。
就職は、社会に出るということ
いまは売り手市場だと言われています。選ばなければ、どこかには入れるかもしれない。合わなかったら辞めて、他に移ればいい。そう考えている人もいるかもしれません。
でも、少し視野を広げてみてください。
アメリカでは「AI大失業時代」という言葉が出てきています。対岸の火事ではありません。日本でもAIはすでに大騒ぎで、働き方や産業構造の前提を変えつつあります。就活がいつまで今のような売り手市場でいられるかは、誰にも分かりません。
「合わなかったら辞める」というのは、思っているよりリスクのある選択です。次がすぐに見つかる保証はない。新卒というカードは一度しか使えない。
そして、辞めた理由を次の面接で聞かれたとき、自分が何をしたかったのかを説明できなければ、同じことを繰り返すことになります。「なんとなく合わなかった」では、次も「なんとなく」で選ぶことになる。
そもそも、新卒で就職するということは、いわゆる「社会に出る」ということです。有利か不利かという話の前に、人生のなかでもとても大きな節目です。初めて自分の力でお金を稼ぎ、社会のなかで役割を持つ。その最初の一歩を、どこに踏み出すかは、その後の何年間かに確実に影響します。
その節目を、「まあ、どこかに入れればいいか」で通過してしまうのは、あまりにもったいない。

就活は、人生の棚卸しの機会
就職活動には、もうひとつの側面があります。
自分はこれまでどう生きてきたのか。何を大切にしてきたのか。これからどう生きたいのか。こういうことを真剣に考えるタイミングは、普通に生きていたらなかなか来ません。
就活は、それを考えざるを得なくなる、めったにない機会です。いわば、人生の棚卸しです。
二十数年間、自分がどんなことに喜びを感じてきたか。どんなことに悔しさを覚えたか。何を大切にして生きてきたか。それを一度、全部テーブルの上に出してみる。その作業ができるのが、就活という時期です。
新卒で入った会社でうまくいくのが、いちばんいいかもしれません。でも、たとえうまくいかなかったとしても、この機会にしっかり自分と向き合っていた人は、その後の判断が変わってきます。
辞めるにしても、転職するにしても、「自分は何を求めていて、何が合わなかったのか」が分かっている人と、分かっていない人とでは、次の選び方がまるで違います。同じ「辞める」でも、自分を知ったうえで辞めるのと、知らないまま辞めるのでは、次の一歩の質が違うのです。
就活の時期に自己分析をやっておくことの価値は、就活が終わったあとにこそ分かるものです。

「よく見せるための自己分析」はもったいない
ここで問題になるのが、自己分析のやり方です。
就活のためにやろうとすると、自己分析は「面接で何を言うか」「ESにどう書くか」の材料集めになりがちです。
自分を良く見せるためのネタ探し。企業に刺さりそうなエピソードの整理。これは、以前の記事で「見せ方モード」と呼んだやり方です。
見せ方モードの自己分析は、就活を乗り切るための最低限としては機能するかもしれません。でも、せっかくの棚卸しの機会を、面接対策だけで終わらせてしまうのは、本当にもったいない。
本気で取り組んだ自己分析は、もっと大きなものを返してくれます。
自分が何者か。何を大切にしているか。誰に、何を届けたいのか。その答えは、内定をもらったあとも、入社してからも、人生の岐路に立ったときも、ずっと効いてきます。
仕事で迷ったとき、転職を考えたとき、「自分は何のためにこれをやっているのか」に立ち戻れる場所があるかどうか。その場所を作る作業が、自己分析です。
そしてもうひとつ。深い自己分析をすると、行きたい企業が見えてきます。自分が行かなければならないと思える企業が見えてきます。同時に、どんなに大手でも、どんなに待遇が良くても、自分が行かないほうがいい企業も見えてくる。
これは、自分を知っているからこそできる判断です。見せ方モードの自己分析では、ここまでたどり着けません。
就活だからやる自己分析。きっかけはそれで構いません。でも、取り組み方しだいで、そこから得られるものはまるで変わるのです。

三つの問い――Being・Having・Giving
自己分析というと、長所短所を洗い出すことだと思われがちです。でも、それは入り口の一部にすぎません。
考えるべきは、もっと根本的なことです。自分はどう生きたいのか。
我究館では、三つの問いから始めます。Being・Having・Givingです。
自己分析のゴールは、Givingです。自分は誰に、何を届けたいのか。何のために働くのか。あなたが実現したい貢献は何なのか。言い換えれば、あなたの夢は何か、ということです。
仕事とは、誰かに価値を届けることです。その届けたい価値がはっきりしているなら、就職はその実現のために必要な手段になります。必要なんだから、正面から正々堂々とつかみとればいい。
そのGivingの根っこにあるのが、Beingです。自分は何者なのか。何を大切にしてきたか。どんなことに心が動く人間なのか。あなたがどんな人間かによって、届けたい価値の形が変わります。Beingが見えていないと、Givingもぼやける。
Havingは、何を手に入れたいか。収入、働き方、住む場所、家庭のかたち。きれいごとである必要はありません。本音を書いてください。Havingは、あなたのGivingを実現するための舞台に乗るための条件でもあります。
この三つは並列ではありません。Beingという根っこから、Givingという本丸が生まれ、それを実現するためにHavingがある。この構造を理解しておくと、自己分析の方向がぶれなくなります。
我究館では、この一連の自己分析のことを「我究」と呼んでいます。我を究める、つまり、自分自身を究めるということです。就活テクニックとしての自己分析とは、深さも目的も違います。
いきなり答えが出なくても構いません。まずは、過去を振り返ってみてください。
好きだったこと、楽しかったこと。悔しかったこと、満たされなかったこと。いまの自分が持っている夢。ひとつずつ書き出してみる。
頭のなかだけで考えていると、ぼんやりしたまま終わります。手を動かして書いてみると、意外と自分でも知らなかったことが出てきます。
自分の弱みに向き合って、不安になるかもしれません。悔しかったことを思い出して、泣きそうになるかもしれません。逆に、最高の瞬間に立ち戻って、誇らしくなるかもしれません。
そうやって、自分で自分を掘り下げて、理解していく。それが自己分析です。
過去の経験のなかに、自分にとって大切なテーマが隠れています。我究館ではこれを「コア」と呼んでいます。自分が何を大切にして生きてきたか、何にいちばん心が動くか。
それが見えてくると、なすべきことが見えてきます。どこに行くべきかが見えてきます。自分が、自分のことをいちばん知っているという状態を作ること。それが、自己分析の目指すところです。
一回で完璧に仕上げようとしなくていい。まず始めて、インターンや社会人訪問を経験しながら、繰り返し更新していく。経験と組み合わせることで、自己分析は深まっていきます。
始めるタイミングは、今です。遅すぎるということはありません。

この機会を、使い尽くしてほしい
就活だから自己分析をやる。そのきっかけに、何も問題はありません。
ただ、せっかくのこの機会を、面接対策だけで終わらせないでほしいのです。
人生のなかで、自分は何者かを真剣に考えるタイミングは、そう何度も来るものではありません。就活はそのひとつです。もしかすると、社会に出る前の最後のまとまった機会かもしれません。
ここで本気で取り組んだ自己分析は、就活が終わったあとも、あなたの中にずっと残ります。入社して三年目に迷ったとき、転職を考えたとき、もっと先の人生で大きな決断を迫られたとき。そのとき立ち戻れる場所があるかどうかは、いまの取り組み方で決まります。
よく見せるための自己分析で済ませるのは、もったいない。この機会を、使い尽くしてください。



